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 [10/03/14]とあるたとえ話…
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例えば…湘南海岸で夜通し花火の爆音を轟かせ盛り上がる事は、遊びに来たお子様達にはとても楽しいだろうと思う。花火関連の企業や地元商店もそれなりの潤いを得られるのだろうと思うが、住民にとっては迷惑でしかない。不愉快な思いをしている人間は規制を求め、それを楽しんでいる人間、潤っている人間は規制に反対する。
何が悪で正義か。何が健全で何が不健全か…これを決めるのはその時々の時代。それをどうやってそれを決めるのかで社会全体の成熟度、知性が露わになると思う。
そもそも、感じた不快感を相手に伝える言葉、主張が足りないとも思う。それを伝えられたら側も、相手に対する配慮が足りていない気がする。
不快感を相手に伝える手段がいきなりの注意や警告だったりすれば捕鯨問題に似たことになる気もする。日本は捕鯨推進と言うよりも捕鯨に強行的な反対をされ、、一方的に悪だと決めつけられ事への怒りから「反・反捕鯨」になってしまっている。 また、相手から伝えられた不快感を、自由の侵害だなどと権利を盾に無視すれば相手はさらなる強硬な手段に訴え、余計に自由のない息苦しい社会になってしまう。
キーキー吠えるだけのサル同士に意思を通を求めるつもりはないが、もしかすると人間同士にも意思疎通を求めることは無意味なのかもしれない。
相手の不快感に耳を傾け、配慮してなお自らの表現を突き通せる人間はやはり尊敬できる。 |
22:57, Sunday, 03 14, 2010 ¦ 固定リンク
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